網膜剥離からの回復日記

40歳目前にして網膜剥離に罹患した、とある開業医の独り言

もういちど会いたくて その2

私が尊敬してやまないその人、A先生と出会ったのは、

もう10年ほど前だったろうか。

勤務先の病院の、おなじ診療科の先輩・後輩として偶然出会った。

 

私よりはふたまわりも年上のその人は

威厳があって

仕事には人一倍厳しくストイックで

どちらかというと寡黙で口数の少ない先生。

 

そんな第一印象だった。

 

20代の、無鉄砲で

今思えば知識も経験もてんで足らなくて

それでも若さと妙な情熱だけで突っ走っていたあの頃の私は

今よりももっともっと情緒不安定で

将来に迷い・・・

きっとA先生にとって私は、最初、

「ものすごく扱いづらい若者」だったように思う。

 

でも、先生はこんな未熟な私を専門職として最大限に尊重してくださっていた。

 

大ベテランの大先輩なのに

いつも少し離れたところから見守ってくれていて

私が迷走しそうなときにはそっと助け船を出してくださり

症例について悩んだときには適確なアドバイスをくださった。

 

間違ったことをしそうになったときも、なぜか先回りして制止してくれて

 

端的に言うと

「とても目をかけてくださっていた」ということなんだと思う。

 

親しくなったあと

どうしてそんなに気遣ってくださるんですか?と尋ねたら

半笑いしながら

「君みたいなエネルギーの塊みたいな医者は

 いつかとんでもないことをやらかすんじゃないかと思って。

 いい意味でもわるい意味でも」

なんておっしゃってたっけ。

 

ハードな仕事の日々の合間。

病院の食堂で、お昼ご飯を食べながら。

夜遅くまでかかって大きな仕事を一段落させたあとの医局のソファで。 

私たちは色々な話をした。

それは特別な、あたたかい幸福な時間だった。

 

いつのまにか

寡黙という第一印象は見事に打ち砕かれて、

本当にいろいろなことを話してくださり、よく笑い、

どこまでも賢く威厳があり、

でもちゃめっけのあるひとだった。

  

いつしか先生も私に対して

家族のこと、お若いころのこと、

医療の将来のこと等々を話してくださるようになった。

 

そして時には、休日に約束して、

病院の外でご飯を食べたり小旅行に行ったりもして。

 

きっとこんな顔を誰もに見せていたわけではないのだろう。

自分はほかの皆が知らないA先生の姿を知ることのできる

少しだけ特別な存在であるように思うと、嬉しくてくすぐったかった。

 

 

こんな私とA先生が男女の仲になるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

・・・ってのは真っ赤な嘘で、

いつそうなっても不思議はないくらいの親密な空気はずっとあったのに

ついに一度もそうならないまま時はどんどんと流れていった。

 

ご一緒のときの柔らかい印象とは一転、

会議の席や病棟で顔を合わせるときは、普通に距離感のあるクールな態度で、

そのギャップにまたキュンキュンしていた。( ´∀` )

これは恋愛ではないけれど、

秘密のオフィスラブを進行させている人の嬉しさと戸惑いって

きっとこんな感じなんだろうなぁ。。。なんて想像してはニヤニヤしていたっけ。

 

一緒にお仕事していた時代から何年もたっているのに

いまでも私は、

疲れた時、

先生とまた話したいな、なんて考える。

 

仕事のときの真剣な先生のお顔と

二人でいる時のちょっと照れたような笑顔と

両方を思い出す。

 

大好きな、頼れる先輩に大切に育てていただいた

その記憶はいまでも強くゆるぎなく私を支えてくれている。